2005年05月03日

藤の大滝

東日暮里の井上さん宅の藤の木は4月の下旬に藤の花房が約12mにもなる藤の大滝として荒川区で知られている。昭和48年に植樹した当時の藤の木の高さは約1メートル、昭和50年に初開花し、長さ約60センチの花房が12房であった。昭和58年に荒川区役所の保護樹木に指定されている。







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投稿者 arakawanet : 10:11

2005年04月18日

荒川区内のお花見スポット

先週の土曜日(4月9日)、荒川区イベントカレンダー(荒川区観光振興課発行)を片手に荒川区内のお花見スポットとして紹介されている20ヶ所のスポットの中で荒川自然公園、荒川公園と都立尾久の原公園を訪ねた。今年の開花は例年に比べて2-3日遅れたが満開のタイミングは週末になりラッキー。歩いているとちょっと汗ばむ位の暖かい天候。公園では大勢の家族連れや若いカップルがお弁当を食べたり、中にはお酒やビールを飲みながらお花見を楽しんでいる人達もいた。やはり花より団子。都電荒川線の荒川二丁目付近の路線沿えの桜は満開のピークを超え吹く風で散り始めていた。デジカメで撮った写真は上から荒川自然公園の交通園付近で水遊びする子とも達と桜、荒川区役所前の荒川公園の見事なシダレ桜と都立尾久の原公園の若い桜です。







荒川区内の主なお花見スポットは、南千住地域の東京ガス周辺、アクロシティ周辺、荒川総合スポーツセンター周辺と南千住スカイハイツ周辺の通り、荒川地域の荒川公園、荒川自然公園と三河島水再生センター周辺、町屋地域のサンパール通り、東尾久地域の都立尾久の原公園、西尾久地域のさくら通りとあらかわ遊園とその周辺、東日暮里地域の正庭通り、カンカン森通り、日暮里南公園・竹台高校周辺、日暮里中央通りと七五三通り、西日暮里地域の西日暮里一丁目広場、西日暮里公園、開成学園周辺と冠新道などである。

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投稿者 arakawanet : 01:03

2004年09月03日

納涼盆踊り大会

荒川区の町屋3丁目仲町会は平成16年度の納涼盆踊り大会を8月23日(月)、24日(火)、25日(水)の3日間、午後7時から午後9時半にかけて荒川区立町屋3丁目児童遊園(通称、象公園)を会場として開催した。櫓は遊園地の中心にある滑り台を囲んで組み上げられ、そこから電線が四方八方に張られ寄付者の名前が書かれた提灯が吊り下げられていた。櫓から太鼓の音が響き、スピーカーから流れる音頭に合わせ、櫓の周りには踊りの輪ができ、子供からお年寄りの方々が浴衣姿で盆踊りを楽しんでいた。遊園地の入口には数々の露店が立ち並び納涼盆踊り大会は地元の家族で大賑わいであった。下町の夏の風物詩、納涼盆踊り大会をこれからも下町の伝統の一つとして残して貰いたい。








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投稿者 arakawanet : 00:08

2004年08月27日

日暮里繊維街

にっぽり繊維街はJR「日暮里駅」の噴水広場から右斜めに伸びる日暮里中央通り(バス通り)を中心に両側約1キロにわたり、和装、洋装、紳士・婦人服地、綿、プリント、合繊維物、ボタン、ビーズなどの生地織物に関する全ての商品を販売する61店舗が軒を連ねる地域である。「布の街」として知られるにっぽり繊維街は卸問屋街であるが現在ではほとんどの店舗が小売りをしており、その豊富な品揃えと安さに客層は専門業者、ソーイングが趣味の主婦、服飾専門学校の生徒である。最近ではこの地域に既製服の激安店も参入し、若い女性や学生で賑わっている。「ニポカジ」という新しいファッション・スタイルを考える店舗も増えており若い世代にも好評である。「ニポカジ」は「ニッポン カジュアル」と「ニッポリ カジュアル」の造語であり、日暮里(ニッポリ)を 日本(ニッポン)のカジュアルの中心にしたいという願いが込められている。「ニポカジ・スタイリスト」も増えつつある。

にっぽり繊維街は大正時代の初めに浅草界隈で営業していた古布や裁ち落としを取り扱う業者が「地域一帯を市街化する」という行政指導により当時まだ閑散としていた日暮里、三河島周辺へ移動して誕生した。ハギレ、裁落、2等品(B・C反)或いは 縫製工場から出る余剰反等を仕入れ販売をしていた。昭和12年の日中戦争と昭和16年の太平洋戦争により物資不足のため終戦まで営業を停止したが終戦とともに軍の隠退蔵物資、進駐軍の払い下げ品、アメリカ古衣料、羅紗裏地、ハギレ等の販売を再開した。昭和44年12月には東京日暮里繊維卸協同組合が結成された。約20年前の最盛期には約90店舗が軒を連ねたが不景気や裁縫人口の減少で今は約61店舗になっている。東京日暮里繊維卸協同組合はにっぽり繊維街の活性化事業の一つとしてにっぽり繊維街で生地を購入した人が参加できる服飾デザインコンテストを開催している。その名も「パリコレ」ならぬ「ニポコレ」デザインコンテストであり、若手のデザイナーが日暮里から誕生し、にっぽり繊維街が世界のファッションの発信基地になる日も近いかも。

にっぽり繊維街の散策には東京日暮里繊維卸協同組合が作成した「にっぽり繊維街マップ」が便利である。JR日暮里駅、駅前交番や店舗で無料配布している。駅付近の駐輪場の案内掲示板、通りや店舗には「布の街」「布の道」と書かれた旗が下がっているので目印になる。

にっぽり繊維街へのアクセスは日暮里駅(JR山手線、京浜東北線、常磐線、京成線)南口から徒歩3分、鶯谷駅(JR山手線、京浜東北線)北口から徒歩5分、三河島駅(JR常磐線)改札口から徒歩5分である。







にっぽり繊維街ついては東京日暮里繊維卸協同組合(日暮里繊維街)のホームページをご覧ください。

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投稿者 arakawanet : 14:20

2004年08月14日

日暮里駄菓子屋横丁

上野、錦糸町とともに東京の三大駄菓子問屋街と呼ばれ、最後まで残っていた荒川区日暮里の駄菓子屋横丁は平成19年に開通予定の新交通システム「日暮里・舎人(とねり)線」の整備工事などに伴い、8月末で取り壊されことになった。日暮里の駄菓子屋横丁は終戦後の闇市で玩具や駄菓子を売る露店を一箇所に集められでできた。昭和27年の区画整理によって現在の路地裏の長屋のような店舗になり、昭和30年代から50年代は大繁盛した。駄菓子屋横丁、あるいは駄菓子屋問屋街の愛称で呼ばれているが正式名称は「日暮里菓子玩具問屋街」である。最盛期の50年代には97軒もの問屋が軒を連ね、関東各地の駄菓子屋が仕入れに訪れた。昭和27年に砂糖の統制が解除されると大手メーカーが競って菓子を増産し始め、更に少子化に伴い国内各地の駄菓子屋が次第に閉店するとともにここの問屋も急激に減少した。現在では7問屋が狭い路地の両側で軒を並べて営業している。8月末に2問屋が閉店するので残り5問屋が新しい再開発ビルの中で営業を行う予定。







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投稿者 arakawanet : 00:13

2004年08月01日

足立の花火大会

足立区観光協会と足立区が7月29日夜に荒川河川敷で開催した第26回「足立の花火大会」でダイナミックな花火の打ち上げを満喫した。例年のとおり、尾竹橋通りの荒木田から尾竹橋、足立区の千住元町を通り、花火の打ち上げ場所となっている千住新橋緑地の堤防遊歩道を西新井橋から千住新橋方向に歩き、花火の打ち上げ基地の千住新橋側に陣取る。陣取るといっても、荒川の南側河川敷の緩傾斜堤防の斜面は既に例年の如く観客で満員になっており、堤防の遊歩道と斜面の境界に隙間を見つけて立ち見するだけ。「足立の花火大会」は大正13年に千住新橋の開通を記念して行われた「千住の花火」がはじまりであり、戦争等により一時中断したが、昭和54年に復活してから今年で26回目を迎える。花火大会は4部で構成され、打上花火、スタ-マイン、音楽花火、小型煙火、乱玉、仕掛花火(300メートルのナイアガラと文字花火)など約10,000発である。








足立の花火大会については足立区観光協会のホームページをご覧ください。

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投稿者 arakawanet : 20:17

2004年07月01日

放置自転車

荒川区に住んで拾余年になる。未だに馴染めない下町のカルチャーの一つに歩道に放置された自転車と歩道を自転車で走る一部の人達の悪いマナーがある。自転車が歩道の真中を走り、ベルを鳴らされ放置された自転車を避けながら歩くときとか、暗いところで後ろから無灯火の自転車に突っ込まれる場合は本当に腹が立つ。日中でもゆっくり歩いている高齢者達の近くを自転車が通ると怪我をしないかと心配になる。特に火事や地震の大災害が発生したとき、放置された自転車は救援活動を妨げる重大な要因になると危惧される。また、放置自転車は荒川区の景観を損なう大変見苦しい光景である。区民約18万人の8割が自転車を所有し、年間1万4千台の放置された自転車が撤去され、その内9千台が廃棄されるという対策が必要とされるホットな問題でもある。何故なら、荒川区では放置自転車の撤去費用として過去10年間に28億円も支出しているからである。区役所はこの問題に対処するため自転車の整理員を出したり、乗り捨て自由のフリーサイクルを提供しているが全く焼け石に水である。月に1回の「ノー・サイクル・デー」や「もっと歩こう運動」のキャンペーンを始める時期に来ていると思うのは私だけではないでしょう。







放置自転車の問題については日テレの報道特捜プロジェクトでも取り上げられた。

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投稿者 arakawanet : 22:45

2004年06月29日

フリーマーケット

フリーマーケットは、家庭で埋もれている古着や雑貨をゴミとして捨てるのではなく、これらの不要品を大切にする方に安く譲るリサイクルの場である。フリーマーケットの会場は、家族連れや掘り出し物を探すに行く人も多く、人気スポットになっている。荒川区では、「川の手フリマ実行委員会」が「あらかわ遊園前」と「荒川公園」で隔月に1回開催している。





東京都内で開催されるフリーマーケットについてはフリーマーケットに行こう!のホームページをご覧ください。

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投稿者 arakawanet : 22:39

2004年06月25日

あらかわ遊園

あらかわ遊園は隅田川沿いの西尾久に位置する都内唯一の区立遊園地である。その面積は50,840平方メーターと小規模であるが荒川区の人気スポットの一つである。明治、大正期、隅田川沿いに多くあった煉瓦工場の跡地に、王子電気軌道株式会社が大正11年に開園した。第二次世界大戦により閉園したが、昭和24年に区立児童遊園として設立され、昭和25年に区立あらかわ遊園として開園した。観覧車、ミニコースター、スカイサイクル、メリーゴーランドとコーヒーカップの6つの乗り物がある。他に遊び場として、ちびっこ広場、水あそびの広場、どうぶつ広場やしばふ広場などがあり、ポニー乗馬も体験できる。魚つり広場では鯉と鮒のつりを楽しめる。入園門手前にはこどもプール(季節外はローラースケート場)もある。また、都電荒川線の「一休さん号」が常時展示されている。都電荒川線「荒川遊園地前」で下車して徒歩約3分、駐車場もあるが土日はすぐに満車になる。







区立あらかわ遊園についてはあらかわ遊園のホームページをご覧ください。

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投稿者 arakawanet : 19:53

2004年06月22日

都電荒川線

都電が相次いで廃止されるなか唯一残った都電荒川線は、明治44年に営業を開始した王子電気軌道(株)の路線であった。荒川区の三ノ輪橋を起点にして町屋・王子・大塚を経て終点の新宿区の早稲田まで12.21kmを約50分で走る路面電車(軌道)である。日中は5~6分間隔で運行されている。30ある停留所の平均駅間隔は421mと短い。直線部では隣の駅に停車する都電の車両が見える。停留所はすべてのホームが嵩上げされ、スロープが取り付けられている為、車椅子での利用が容易になっている。

6月6日(日)の天王祭の際、尾竹橋通りと都電荒川線が交差する東京メトロ千代田線町屋駅前付近でお神輿と都電の車両を一緒に撮ろうと考えていた。生憎の雨天で遅いランチを取っているうちにそのタイミングを逸してしまった。



都電荒川線については都電荒川線…「東京都電車」、また、都電荒川線のリンク集については荒川ネット-荒川区の検索エンジンの都電荒川線のホームページをご覧ください。




PCのハードデスクにあった1枚を追加しました。



路線沿えの桜が満開の荒川2丁目停車場

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投稿者 arakawanet : 17:52

天王祭

天王祭は3年に一度行われる「本祭」と、それ以外の年に行われる「陰祭」があります。平成14年に「本祭」が行なわれたので今年は「陰祭」でした。この為、6月6日(日)には本社神輿はでませんでしたが、町屋地区では町内神輿やこども神輿等が繰り出し、雨天にも拘わらず盛況でした。例年のとおり、尾竹橋通りでは交通規制により午前11時半頃から約3時間にわたり通行止めを行い、荒木田の交差点から東京メトロ千代田線町屋駅前までは「神輿天国」でした。傘を差しながら撮った写真をご覧ください。







天王祭については素盞雄神社、また、神輿については御神輿のホームページをご覧ください。

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投稿者 arakawanet : 17:47